祖父母

    558 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/03/02(月) 11:15:50 ID:3BM
    身勝手なのは承知だけど、齢34にして母に会いたくなっている。

    うちは家長絶対の家だった。兼業農家で、父も母も公務員。
    農業は主に祖父母がやって、育児も祖父母。
    母は家事+仕事。父は仕事から帰ったら何もしない。趣味パチ〇コ。
    母は食事も一人だけ別のもの食べてて
    刺身とか寿司も母のぶんはないのが当たり前だった。
    理由は「主婦だから」。
    祖父母も父もそう言うからそれが当然なんだと思っていた。

    中学生になって同級生の母親を見て、きれいにしているので衝撃だった。
    うちの母の毛玉だらけの服や、布で作った変なカバンがいやで
    一緒に歩かないようになった。
    母の給料は振込じゃなかったのかどうか知らないが、
    母が使えないか、使わない金扱いだった。
    金がないからきれいにできるわけもないのだが当時はそんなこと考えてみもしなかった。

    147 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/09/24(木) 03:23:23 ID:HmP
    現在進行形の修羅場
    私の親は姉に厳しかった
    具体的には高校生なのに門限が5時とか家事を担当させられたりとか、料理の味にケチ付けられたりとか携帯の中身をチェックされたりとか
    あとゲームアニメは禁止。お小遣いは月1000円で、ここから洋服とか文具とか必要なもの全部買えとか
    気に入らないことがあると殴るふりされたり大きい音を立てられたりとか
    小さい時はたまに腕を引っ張られて床を引きずられたり叩かれたりしてた
    でも不思議と私には別に厳しくなかった(友達の家でお泊まりとかもokだったし)
    初めての子供で育て方が分からなくて、厳しくしすぎてそこから軌道修正できなかったんじゃないかと推理してる
    案の定姉は病んで家にこもりっきりで、私が見る限りでは楽しいことも実りもなさそうな空っぽの青春を過ごしてた
    というかいつも家にいたから私の見る限りが学校にいない時の姉の全てだったと思う
    父と母は「どうして○○(私)は社交性.もあって多才で優秀なのにあんたはどうしようもないの」みたいな説教を姉に繰り返してた
    姉は基本的に何もせずぼんやりと暮らしてた
    ここまでが前提

    945 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2016/10/30(日) 11:56:30 0.net
    20歳の時に留学することになり、出発当日の朝に小学生の時に蒸発した父親がフラっと帰ってきた時がほんとに修羅場だった。

    大好きだった父親が、書き置きも連絡もなく突然いなくなり警察からは家出か事件かも分からないと言われ、母親も泣き暮らし
    幸い父方の祖父母も私たちに申し訳ないと色々助けてくれ、母親も父親を忘れるかのようにがむしゃらに働き、兄は大学、私は短大まで出ることができた。

    母や兄や祖父母の助けてもあり、私もバイトしながらお金を貯めて留学できることになった。

    そんな当日の朝に父親が玄関から普通に帰って来た。
    母親も兄も祖父母もパニック。

    父親は、ちょっとバツが悪そうな顔しながら「お前今から旅行か?そっかそっか」と普通の会話をしてきた。
    私もなぜか普通に「いや、旅行じゃなくて留学だよ…」と返事した。
    父親は「そっかー!立派になったな!親は無くとも子は育つ!てな!」と笑っていた。

    大好きだった父親が無事で生きてた喜びと、急に父親がいなくなった小学3年の9月のフラッシュバックと、今までみんなでしてきた苦労や、悲しみが一気に溢れて
    父親に「なんでこんな日に帰って来てんだよ!!バカじゃないの!!あんたのせいで、みんなしなくていい苦労したり、頭下げたりして生きて来たんだよ!!なにヘラヘラ笑って帰って来てんだよ!」
    みたいなことを、号泣しながらまくし立てて父親に「ごめんなぁ」とハグされて「時間ないから空港行く…」とそのまま家を出た。

    言いたいことや聞きたいことあったけど、結局20分ぐらいしか顔を合わせてないから、あまり話せないまま出発→留学の新生活で頭の中が忙しすぎて現実かどうかも分からないまま新生活がスタートした。
    ほんとに修羅場な1日だった。

    991 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2009/04/27(月) 17:09:11 O
    梅ついでに母が義実家にしたプチプチDQN返し。

    先日父に聞いたのだが私が小さい時、母VSトメコトメがあったらしい。
    母がアパートのママ友数人を招いていた時に、ウトメコトメがアポ無し凸。
    コトメが「1時間かけて来たんだから~。」とズカズカ侵入。ママ友は解散の流れに。
    腹を立てた母はウトメに用事があろうと、アポ無し凸を義実家にし続けたらしい。

    その数年後、母は男を作って出て行った。
    母は本物のDQNだった。

    578 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2013/06/14(金) 13:47:32 P
    遅くなってすみません
    自分が小学生の時祖父の葬儀があった
    その時香典やら、葬式代として用意してあった金やら、形見分けの
    時計やら貴金属やらがなくなった
    たぶん数百万単位
    状況的に親族の誰かが持ってったとしか考えられなかった
    普段仲良くしていた親族の間で「お前がとったんだろ」「お前のとこだって
    金に困ってただろ」と罵り合いになった
    男性.陣はつかみ合い、女性.陣は泣いてるしで、子供心に
    「ああこれテレビで見るやつや…」と冷静に眺めてた
    最終的にずっと無言だった祖母が「もうえぇわ。タヒんだおじいさんには
    全部わかってるやろ。極楽に行けると思いなさんな。」と
    真顔で言ったのが一番怖かった。
    みんな無言でちらかった皿とか片付けてた。
    それ以降の法事に子供達は呼ばれなかったけど、父母が疲れきって
    帰ってきていたので一悶着あったんだと思う。
    今年の夏二十何回忌だかがあって、行かなくていいものと思っていたら
    もう成人してるんだからと行くことになって非常に憂鬱
    愚痴になってすみません

    186 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2012/06/08(金) 23:46:50 0
    私はまだ1歳で全く覚えていないんだが、母から聞かされた修羅場。

    1歳の私を連れて母親が里帰り。、
    私が居間で昼寝している時、母と祖母は台所でご飯の支度。祖父は仕事。
    夏だったので、居間の窓を開けて、網戸のみ、居間の窓は表の道路に面している。
    私がいきなりギャン泣きしたため、母が私の様子を見にきたら、
    すごい形相で母を睨み付け、私を抱いた見知らぬ若い女性.が立っていた。
    母、とっさに私を取り戻そうとするも、
    「この子は私の子!私が育てる!返して!」
    とその若い女性.が叫び、私を放さない。
    祖母、家の外に出て助けを呼び、近所の人が数人駆けつけてくれた。
    人が集まってきて、女はさら半狂乱に。
    母、なんとか私を取り戻し、近所の人と女を押さえつける。
    みんな冷静になりかけた頃、隣家のおばさんが、
    「○○さんとこのお嫁さん!最近見かけないなぁと思ってたんだけど・・・」
    近所の人が、○○家に走っていき、女の夫の両親がすっ飛んできて、女を引き取っていった。
    続きます。

    347 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/09/16(水) 07:54:55 ID:xdf

    双子の姉がひき逃げされてから人生が滅茶苦茶になりました。
    私は妹の方。一卵性.だからよく知っている人間でもない限り見分けがつかなかった。
    高校に入ってすぐ姉が部活帰りにひき逃げされた。普段は自転車通学をしていた姉だが、その日は雨の日で親が車で迎えに来るのを校門から少し離れた場所で待っていた。
    幸い発見が早く命は助かったけど、入院生活が続いた姉は留年した。犯人は捕まらなかった。
    双子だから当然同じ学年だったけど、私が二年に進級したころ姉は不登校になった。部屋に閉じこもったまま泣きわめいて部屋を荒し八つ当たりするようになった。その時罵倒の対象になるのが決まって二年に進級した私で、自分だけ二年に進級したことが申し訳なかった。
    母や兄に妹子も留年してやればよかったと言われたことも私のなかでは修羅場。
    結局姉は中退。一日中部屋に閉じこもって過ごしていた。
    このころから姉はリストカットを繰り返すようになった。最初は私も心配したが、次第にそれが姉のかわいそうな自分を演出するためのパフォーマンスだと気づいた。
    三年になって、私は大学進学を希望していたけれど相変わらず引きこもりの姉が私の進学を快く思うはずもなく、ひき逃げに遭って以来姉を溺愛するようになった母と二人がかりで家庭内イジメが始まった。
    食事に洗剤混ぜられたり、腐った物を弁当に詰められたり。私の部屋やクローゼットにわざと生ゴミを置いたりしてくれたおかげで私や衣服には腐ったにおいが染み付いた。
    そんな部屋で過ごしているので、自分のにおいがイヤで毎日早朝に家を出ては銭湯に行ってから学校に通うようになったけれど、それでも制服についたにおいがとれなくて学校でもイジメを受けるようになった。
    受験を控え、連日課外授業を受けていた私に17時門限を強いて、守れるわけもなく連日門限破りの罰と称して体罰をされた。
    ストレスで夏休みに入る前には元は50kg台の体重が35kgになっていた。頭にハゲがいくつもできた。
    父は仕事仕事で家におらず、電話をしても「忙しい」の一言で切られる。兄は無関心。救いはどこからもなかった。
    何もかも嫌になって、姉が何度目になるかわからないなんちゃってリストカットをした日、私は腐ったにおいが充満する自分の部屋で本気リストカットをした。
    普通の女の子の握力では手首を切っても大した出血にならないらしい。実際姉のリストカットは薄皮を切る程度ですぐに後も消える。
    ただ、私は姉が事故に遭ってすぐに辞めさせられたが、バレー部だったので握力が男の子並みにあった。バスケットボールを片手でつかんで振り回すくらいのことは簡単にできた。
    私は見事に動脈をぶった切ったらしい。発見したのが元医療従事者の祖父母でなければたぶん本懐を遂げただろう。神経をやったらしく、私の右手は今でも動かない。(左利きです)
    母方の祖父母は遠方に住んでいて、その日は偶々姉を心配して夫婦で訪ねて来ていた。家の中で孤立していた私は知らなかったが。
    もっとも私は168cmあるので、35kgはいつタヒんでもおかしくないレベルだ。今思えばリストカットをしていなくてもそう遠くないうちに倒れていただろう。
    祖父母が私を救急車で病院に運んだ。病室で意識が戻った時、もう何もかもがどうでもよかったので私は何一つ反応らしい反応をしなかった。
    精神病院に放り込まれた。正直そのころのことは曖昧でよく覚えていない。覚えていることといえば、ああ平和だな~ってぼんやり思ったことと、面会日に祖父母が来てくれたことだ。
    頭がはっきりしたのはそれから随分経ってからだ。医師の適切な治療もあって、35kgまで落ち込んだ私の体重が40kg台になった頃だと思う。
    祖父母が面会に来てくれた日に当然ばああああっと、姉がひき逃げされた日から手首を切るまでの日々が頭に浮かんだ。泣き叫んで暴れた。
    祖父母は私が家でどういう立場にいたのか知っていた。そのときは知らなかったが、私の戸籍は実家からすでに抜かれ祖父母の養子になっていた。祖父母は母と絶縁し、行き場のない私を拾い上げてくれていたのだ。

    引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/live/1439352437/
    194 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/08/14(金) 00:43:39 0.net
    母ヒスで無職(入院まではいかない通院精神)父40代から会社辞めてプー
    なんとか同居してた祖父母の貯金を使い果たし生きてたけどその祖父母も病気で他界。
    他界際に「この家はもうだめ、逃げろ」と言われ、行先言わずうちを出て約2年
    年末年始や盆関係ない仕事してるけど今回は盆に休みが
    結婚考えてる人いてプロポーズもされたけど実家に行くのが怖い、
    また幸せな家庭なんて築ける気がしないから凄く好きな人だけど返事を保留にしてる
    彼の実家に盆来てもらいたいみたいだけど仕事重なってるのと単純に実家近いから
    行きたくないのもあって結果また行かず。
    逃げてる自分が嫌になるけど、でも実家の家族背負える気がしない。
    自分が暮らしていくだけで手一杯。正直顔も見たくない
    でも逃げてるんだろうな、て自己嫌悪をぐるぐる繰り返してる
    でもやっぱどーしようもないよもう家庭なんてぶっ壊れちゃったんだもん
    そんな家族と今更会いたくない。兄も姉も父プーだったからまともな経済的自立心なし
    真面目にやってたかられてたらあほくさい。愛情欲しかったけどたかられ対象なのはどうしようもない

    でもやっぱあほくさいから彼が実家に帰る間は東京行って遊んでくる。寂しいけど
    その分元の家族以外を大事にしなきゃ

    引用元:http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1457230015/
    141 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2016/03/21(月) 19:26:01 ID:NHF
    現在進行形だけど叔父の遺書をうっかり見つけてしまい修羅場。
    数年前叔父がタヒんだ。
    タヒ因は精神疾患により心だけではなく、身体機能も相当参っていたようで、食べ物の誤飲による窒息タヒ。
    叔父には嫁と娘がいるのだがこの二人がそれはもう酷い人間だった。
    叔父が亡くなってしばらくした後、親族会議で嫁の今後について話し合われた。
    同居していた舅姑が「出ていきたいならこちらは止めない、だが家に残って跡を継ぎ、代々の土地や墓を守ってくれるのであれば、こちらは嫁やその娘の面倒を見る」と提示したところ、嫁は後者を選択。
    その結果、8桁額のタヒ亡保険をはじめとする多額の金や資産を得た。
    しかし、その1年後、パソコンの電源すら入れられないレベルの嫁娘、舅姑(私にとっては祖父母)に代わって放置されているパソコンなどの整理を私が行うことになった。
    すると叔父のパソコンには遺書が残されていた。私は悪いと思いながらも誰に告げることもせず、遺書と表示されているファイルを開き内容を確かめると、

    ・叔父が結婚したのは包丁で脅されたからであること。
    ・現在の精神疾患の原因は妻であること。

    という内容だった。これはヤバイと判断した私は母(亡くなった叔父の姉)へ報告。

    長いので分けます。

    引用元:http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1517886776/
    120 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2018/02/09(金) 18:00:16 ID:dLuv6KRh0.net
    そんなに怖くないし文章が稚拙で申し訳ないですが自分の子供の頃の話

    子供の頃は毎年、夏休みに同県の山奥にある祖父母の家に母と兄と遊びに行ってました
    本当に何もない山の中でしたが祖父母の家の近くに川があり、そこで泳ぐのが毎年の楽しみでした。

    そこの川は大きな岩が敷き詰められるようにゴロゴロ転がっていて子供が泳げる範囲の川にたどりつくためには岩の上を登ったりくだったりしなければいけなくて、危ないので必ず大人と一緒じゃないと行かせてもらえませんでした。

    何が理由だったかは今は思い出せませんが、兄に一方的に殴られた自分は泣きながら家を出て1人川のほうに向かいました。
    母に泣きながら訴えれば自分を慰めてはくれるでしょうが自己中で暴力的な兄に相応の罰とお叱りが下るとは今までの経験上思えず、ちゃんと反省させてくれない母にまでこのやるせない怒りが向かうのがわかってたので黙って出ました。

    川は祖父母の家から見下ろせる位置にあり、いつも泳いでいる場所だと家から丸見えだったので泣きながら岩を登っていつも泳いでいる場所より奥へ奥へと進んでいきました。

    このページのトップヘ