祖父母

    277 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2017/06/26(月) 09:42:26 ID:ZFd

    20年生きててはじめて自分が托卵の子だと知った。
    まだ気持ちの整理がついていないので吐き出したくて書き込みします。
    支離滅裂な点があったら見逃してください。

    私、大学2年。
    実家を出て女子寮に入ってる。
    5月のはじめに父から電話が掛かってきて、「金輪際俺はお前に一円も出さない。大学に通いたければ風イ谷にでも行け」と突然言われた。
    突然過ぎて唖然とした私に父は一方的に喋って切った。
    父は感情的になると早口になる人で、言っていることの半分も聞き取れずかけなおしたけど出なかった。
    実家の電話にかけたら兄が出て、「今立て込んでいるから話せない。後日連絡するから待て」と言われて電話を切られた。母にかけても出なかった。
    数日経って、兄から明日会いに行くから時間を作るように言われた。
    女子寮だから男性.は兄でも入れなくて、大学の近くにあるファミレスで会って話をした。
    兄の口から母の浮気と私が托卵の子だってことを聞かされた。
    何の冗談かと思った。
    私の顔は父方だし、自分が父の子ではないと考えたことなんかなかったからわざわざそんな冗談を言いに上京して来たのかと笑いたかったけど笑えなかった。
    兄の目がゴキブリでも見ているような目だったんだ。

    私の実の父親は叔父なんだって。
    父の弟。母と叔父は20年以上ずっとW不倫していて、叔父が癌になって余命宣告を受けたから残っている時間は二人で過ごしたいとカミングアウトに踏み切ったらしい。
    母は叔父の子を妊娠したとわかった後、托卵バレしないように父と寝たんだって。それ以前はレスだったらしいから間違いないって。
    父から電話が来た日、父は相当酔っていた。普段お酒を飲まない人なんだけど、悲劇の主人公気取りで叔父と母が出て行ってしまって、行き場のない感情からお酒を飲んだって。

    話している間、兄はずっと汚い物でも見ているみたいな顔でタチの悪い夢か何かだと思いたかった。一方的に絶縁を突き付けられた。
    その後どうしたのかは記憶が飛んでいてよく覚えていない。気が付いたら部屋にいて、寮の食事の時間になっても出てこない私を心配して友人が呼びに来てくれた。
    機械的にごはんを食べて入浴をして助けを求めたかったのか、兄の言葉を否定して欲しかったのか自分でもわからないけど父方の祖父母に電話をかけた。
    電話でも腫物扱いで、祖父母も叔父と母のW不倫がショックだったらしく当事者二人の子だってわかった私をどう扱っていいのかわかっていない様子だった。
    とりあえず学費のこととか、これからどうするのか一度相談するために休みの日に帰省することになった。
    その日から過呼吸を起こすようになった。

    帰省した日、祖父母宅に行く前に実家に行った。
    絶縁されたのにまだどこかで実家が自分の家だという感覚を捨てきれていなかった。
    でも「荷物を引き取りに来た」って言い訳した私に家族は冷たく一言「全部捨てた」って言った。
    半ば強引に押し入って自分の部屋に入ったらがらんどうになってて、高校を卒業するまでここで暮らしていた痕跡がすべてなくなっていた。ベッドとか、本棚とか、アルバムや写真の類まで何もかもなくなっていた。
    ショックで過呼吸になった。
    苦しくて蹲る私を誰も助けてくれなかった。
    「倒れたフリをすれば優しくしてもらえると思ったら大間違いだ」と兄に吐き捨てられた。
    苦しいのか悲しいのか自分でもわからないけどぼろぼろ涙が出てきて、自分で紙袋を出して息を整えた。(医者にはしないように言われた)
    その足で家を出て祖父母宅に行った。
    祖父母も私を前にどうしていいかわからず、泣きはらした顔の私を前に戸惑った様子だった。
    実家に置いてあった私の荷物がすべて処分されていたことや、「他人に払う学費はない。さっさと学校をやめて働け」と言われたことを打ち明けた。
    現実問題、私は寮だったから大学を辞めるのなら住むところから探さないといけなくて、大学生になってからバイトして貯めた分を全部使っても部屋を借りるのは難しかった。
    (生活費をバイト代で賄っていたから、大した金額もなかった。部屋は帰省する前に探してみた)
    祖父母は、「今回のことに私に咎は何一つない。あいつらも今は動転して憎む対象が必要なんだろう」と言った。
    矛先を向けようにも母と叔父は逃げた後で、残った私にぶつけるしか感情のやり場が持てずにいる。落ち着くまでしばらく距離を置いたほうがいいとすすめられた。
    卒業までの学費は祖父母が払ってくれることになった。
    祖母が泊っていくようにすすめてくれたけど、腫物を見る視線が辛くて学費のお礼だけ何とか言って帰った。

    798 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2020/07/13(月) 11:21:34 0.net
    実の親が両親ではなく兄姉だったこと
    13歳離れた姉と、18歳離れた兄がいる
    両親は10代で兄を産んでいたので、そのくらい年の差があっても別に違和感はなかった
    私が8歳くらいの頃には兄は家を出ていて、結婚もしてた
    姉は家に居て仕事はしてなかったと思う

    10歳の誕生日の日、珍しく家に兄がいて、久々に家族が揃ってケーキも食べて喜んでたら姉が
    「実はね、〇ちゃんはお母さんとお父さんの子じゃないの」
    って切り出して、え?私って貰い子?と血の気が引いていったのを覚えてる
    「お姉ちゃんと、お兄ちゃんの子供なの」
    と更に言われて、鳥肌たった
    ずっと両親だと思ってた2人は気まずそうに俯いてて助けてくれないし、兄はニヤニヤしてるし、姉は泣いてるしで訳分からなくって家を飛び出した
    近所の祖父母の家に飛び込んで訳を話してたら、涙が止まらなくなって、両親も兄も姉も気持ち悪い!!嫌い!!って感情が大きくなって、迎えに来た兄と姉(実の親)を見て、吐いた

    それ以来、祖父母の家から学校に通って、家には帰らず祖父母の家で暮らした
    色々と理解できる年齢になった時、兄と姉がした行為が気持ち悪くて人間不信になった
    同時に、産むことを許した両親も気持ち悪くなった、自分はタヒんでもいい人間だとも思って心を病んだ
    10歳当時の心が物凄く修羅場で、両親と祖父母も険悪な状態になったのも修羅場

    最近になってまとめとか見るようになって、自分と同じ境遇の人もいるのだと思えて少し安心した

    331 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2018/05/04(金) 00:18:08 ID:6KPCSNvT.net
    初めて書き込みます。
    中学生で再婚し、私を祖父母の家に預けたまま会いに来なくなった父親。
    「私のこと捨てたんだ」と思い、今の今まで恨んでいましたが、成人を目前にして初めて親子喧嘩をしました。そのときに、「再婚はお前のためだった」と言われて悲しいやら悔しいやらで涙が出そうです。私はどうしたらいいですか。近い経験をした方はいらっしゃいませんか。

    747 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/08/15(土) 13:01:17 ID:1OP
    真夏に長文書き殴り

    私は子供の頃から年の近い兄に虐められ続けていた。
    怪我をするほどの暴力やモラハラセク八ラ。暴君だった。
    大学に入る頃には暴力は止んだけど、セク八ラモラハラは続いた。
    だから物凄く仲の悪い兄妹だった。

    両親は、その場では兄をとがめはしたけれど、
    暫くするとその事実(兄の暴君ぶり)を忘れた。
    バイアスって言うのかな、「お兄ちゃんはそんなことしない」。
    私に対してもそういうところがあったし、
    兄妹で大きな差別をされていた訳でもないけど、
    結果として兄=加害者 私=被害者となってしまった以上、
    それらを無かった事にするのは、私には差別に感じた。

    時が経って私も兄も社会人になり家を出て疎遠になった。
    そして兄が結婚する事になり、式の事などで家族で話し合い。
    その際に非常に些細なことで私と兄が言い合いになった。
    きっかけは、兄が「漫画は実は編集者が描いている」と
    言った事。私は出版業なので、それはありえないと言った。
    別に真面目に話していた訳じゃなくて、戯れ言として。
    すると兄が「お前みたいな精神異常者には理解出来ないのが社会。
    あ、もう喋んないでくれます?あなた気持ち悪いんでー。」
    ポカンとしてしまった。父が嗜めると、兄は
    「俺は会社でもバカにやつには言うよ?会議中でも。
    あなた気持ち悪いですぅ、口開かないで下さいねって。
    視野に入るのも気持ち悪過ぎるんで消えてくれます?ってねw」
    手をシッシッとする仕草をして、ドヤ顔で言い放った。
    びっくりして、上司とかクライアントがいる会社の会議で
    そんなこと言うの?ほんとに?と聞いたらキレられた。
    お前みたいな精神異常者が家族だと知られたくないんで
    結婚式には出て欲しくないと言われた。
    お嫁さんがどんな人かは知らないけど、身内が欠席してるのは
    不味いだろうと言ったけど、私は欠席で式は強行された。
    兄は、私をいない者として扱おうとしたが親戚に聞かれてバレ、
    「嫉妬でむくれてドタキャンした」と嘘をついたそうだ。
    まあそんなものが通るはずも無かったが、両親は笑いながら
    「もう、あの子はいつまでもお兄ちゃんっこで」と言っていたそう。
    周りは私と兄の仲を知っているので、察したようだ。
    そんな感じで、兄夫婦は親戚から遠巻きにされるようになった。
    お嫁さん側がどう思ったかは知らない。

    293 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2013/08/28(水) 12:37:15 0
    もう大分昔のことなのだけど、私が父の子供じゃないと判ったときが修羅場

    判ったのは中学生のときで
    ヒステリーで家事もあまりしない母親だった人が浮気して
    その相手と結婚する為父に離婚してくれと要求したのがきっかけ

    いろいろあって両家祖父母間ででてきた話し合う大問題に発展した中
    やり直そうと言う父に浮気に酔ってた糞女が託卵や歴代浮気をぶちまけた

    私は家事は最低限で子供にもかまわない母親と
    忙しいながら時間があるときにはあるだけ可愛がってくれた父だったら断然父のほうが好きで
    離婚したら父についていきたいと思っていた私が修羅場

    さらに話し合いが続く中ストレスで父が脳卒中で帰らぬ人となり
    修羅場を通り越して絶望した

    17 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2017/01/02(月) 19:57:48 ID:bqn
    姉は美人。私はブス。
    パッチリお目目の姉は本当に美人で、私は同じ両親から産まれたのに、一重でブス。
    姉が不登校になったのが私のせいみたい。学校で「整形したらしい」「妹がブスすぎ」とか言われてるらしい。
    姉は整形してないし、私がブスで祖父母に近寄るな!って言われたし
    タヒぬしかない。私が誰に似てるかって言われたら皇太子様。
    姉は柴崎こうさんに似てる。

    548 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2016/08/08(月) 19:07:23 ID:X64
    趣味は人生を豊かにしてくれると思う。熱中できるものがあるのは良いことだと思う
    だけどネトゲに打ち込んでいる人のことはどうしても軽蔑してしまう
    ちょっとぐらい寝食も忘れて没頭してしまうのは構わないと思うよ。当人が満足していて、周囲の状況がそれを許容できる環境ならいいと思う
    ただ、子供がいる人は、ちゃんと子供のことも構ってあげてほしいなって思う

    ネトゲに没頭するようになってから母は母じゃなくなった。家事も育児もすっかり疎かになった。ご飯や授業参観はおろか、母は私の方を向いてくれることさえなくなった。
    懇談会はしぶしぶ参加していたけど、後で何故か怒鳴られた。
    私が学校から帰る度、朝と全く変わらない体勢でパソコンに向かっていた母の姿を鮮明に覚えている
    ゲームの名前は覚えていない。母の乾いて血走った目はよく覚えている。

    いつから母が変わってしまったのかは覚えていない。昔の母は普通の母だったと思う。私が幼稚園にいた頃は、少しヒステリックなところはあったけど、それでもお母さんと呼ぶことに違和感は抱かない程度には普通のお母さんをやっていたと思う。
    あまり母だった頃の母は記憶には残ってないけどね。乾いた目でパソコンに向かう母の姿の方がずっと長く見てきた光景だから
    母は当時まだ小学生だった姉に家事を丸投げしていた
    「今日は友達と遊ぶから晩御飯は作れない」と言った姉を怒鳴りつけた母の醜い声は未だに生々しく覚えている
    何も憂うことなく思いっきり遊ぶべき時期だっただろうに、姉は私を細やかに世話してくれた。家事の傍らで宿題も教えてくれた
    この状況は二年ぐらい続いたかな。父は何にも気付いていなかった。仕事で帰りが遅くて、いつも私たちが寝静まった頃に帰ってきていたから仕方なかったと思う

    ある日の夜中、帰ってきた父に姉が泣きながら今までのことを洗いざらい話した。起きてきた母は金切声をあげて、私は訳もわからず泣いた。
    私は泣き疲れてすぐに寝てしまったので父と母の間でどんな話し合いが行われたのかを知らない。これがきっかけとなって姉と私は祖母の家に預けられた。
    それから今に至るまで祖母の家で生活している。
    祖母の家で暮らすようになってからは、少なくとも私が知り及ぶ限りでは特筆するような波乱はなかった。姉と祖母と父はもっと何か知ってるかも知れないけど、少なくとも私はごくごく普通の青春を送ったと思う
    姉は祖母とカウンセラーの支えもあって立ち直り、今では立派に社会人をやっている。私も大学生になった。高校までの勉強と違って勉強すればするほど分からないことが増えていくけど、知識欲を満たす生活はとても充実していて楽しい。

    一度だけ、母と会ったことがある。成人式の帰りに父に頼まれて、本当は嫌だったけど仕方なく小さな和食屋で母と再会した
    眉間の深い皺と荒みきった目、毛先が傷んだ髪の毛は、中学の同級生だった不良のお母さん(後に逮捕された)を彷彿とさせた
    不思議なことに父は未だ母と離婚していなかった
    父には申し訳ないけど、愛想を振りまく気にはなれなかった。母の声色、姿、どれも小さな頃の記憶を思い起こさせるもので、私は吐き気と妙な眠気に襲われた。
    考え事に集中して意識を飛ばして母との再会を乗り切った。母の聞くに堪えない罵倒に対して生返事と適当な相槌を繰り返した。
    母の罵倒を思い出すと精神が抉れるので一部だけ紹介する
    「お前みたいな馬鹿には大学なんて無駄」
    「そんなに遊び足りないの?私は進学しなかったよ」
    「すっかりクソトメ(当時は「クソめ」に聞こえた)に甘やかされて。三文安ってやつだね」
    大体こんな感じのことを言われた
    大学をやめるよう命じられたような気がするけど、私はお手洗いに行くふりをしてこっそり抜け出して、そのまま家まで逃げ帰ったので何にも知らない。
    父には後で謝った。別に怒られはしなかった。

    今は平穏な日々が続いている。このまま平和な日々が続くことを祈っている。

    558 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/03/02(月) 11:15:50 ID:3BM
    身勝手なのは承知だけど、齢34にして母に会いたくなっている。

    うちは家長絶対の家だった。兼業農家で、父も母も公務員。
    農業は主に祖父母がやって、育児も祖父母。
    母は家事+仕事。父は仕事から帰ったら何もしない。趣味パチ〇コ。
    母は食事も一人だけ別のもの食べてて
    刺身とか寿司も母のぶんはないのが当たり前だった。
    理由は「主婦だから」。
    祖父母も父もそう言うからそれが当然なんだと思っていた。

    中学生になって同級生の母親を見て、きれいにしているので衝撃だった。
    うちの母の毛玉だらけの服や、布で作った変なカバンがいやで
    一緒に歩かないようになった。
    母の給料は振込じゃなかったのかどうか知らないが、
    母が使えないか、使わない金扱いだった。
    金がないからきれいにできるわけもないのだが当時はそんなこと考えてみもしなかった。

    147 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2015/09/24(木) 03:23:23 ID:HmP
    現在進行形の修羅場
    私の親は姉に厳しかった
    具体的には高校生なのに門限が5時とか家事を担当させられたりとか、料理の味にケチ付けられたりとか携帯の中身をチェックされたりとか
    あとゲームアニメは禁止。お小遣いは月1000円で、ここから洋服とか文具とか必要なもの全部買えとか
    気に入らないことがあると殴るふりされたり大きい音を立てられたりとか
    小さい時はたまに腕を引っ張られて床を引きずられたり叩かれたりしてた
    でも不思議と私には別に厳しくなかった(友達の家でお泊まりとかもokだったし)
    初めての子供で育て方が分からなくて、厳しくしすぎてそこから軌道修正できなかったんじゃないかと推理してる
    案の定姉は病んで家にこもりっきりで、私が見る限りでは楽しいことも実りもなさそうな空っぽの青春を過ごしてた
    というかいつも家にいたから私の見る限りが学校にいない時の姉の全てだったと思う
    父と母は「どうして○○(私)は社交性.もあって多才で優秀なのにあんたはどうしようもないの」みたいな説教を姉に繰り返してた
    姉は基本的に何もせずぼんやりと暮らしてた
    ここまでが前提

    945 :伝説の鬼女 ~修羅場・キチママ・生活まとめ~ 2016/10/30(日) 11:56:30 0.net
    20歳の時に留学することになり、出発当日の朝に小学生の時に蒸発した父親がフラっと帰ってきた時がほんとに修羅場だった。

    大好きだった父親が、書き置きも連絡もなく突然いなくなり警察からは家出か事件かも分からないと言われ、母親も泣き暮らし
    幸い父方の祖父母も私たちに申し訳ないと色々助けてくれ、母親も父親を忘れるかのようにがむしゃらに働き、兄は大学、私は短大まで出ることができた。

    母や兄や祖父母の助けてもあり、私もバイトしながらお金を貯めて留学できることになった。

    そんな当日の朝に父親が玄関から普通に帰って来た。
    母親も兄も祖父母もパニック。

    父親は、ちょっとバツが悪そうな顔しながら「お前今から旅行か?そっかそっか」と普通の会話をしてきた。
    私もなぜか普通に「いや、旅行じゃなくて留学だよ…」と返事した。
    父親は「そっかー!立派になったな!親は無くとも子は育つ!てな!」と笑っていた。

    大好きだった父親が無事で生きてた喜びと、急に父親がいなくなった小学3年の9月のフラッシュバックと、今までみんなでしてきた苦労や、悲しみが一気に溢れて
    父親に「なんでこんな日に帰って来てんだよ!!バカじゃないの!!あんたのせいで、みんなしなくていい苦労したり、頭下げたりして生きて来たんだよ!!なにヘラヘラ笑って帰って来てんだよ!」
    みたいなことを、号泣しながらまくし立てて父親に「ごめんなぁ」とハグされて「時間ないから空港行く…」とそのまま家を出た。

    言いたいことや聞きたいことあったけど、結局20分ぐらいしか顔を合わせてないから、あまり話せないまま出発→留学の新生活で頭の中が忙しすぎて現実かどうかも分からないまま新生活がスタートした。
    ほんとに修羅場な1日だった。

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